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help リーダーに追加 RSS 数本分の映画のような・・・登米市への旅A

<<   作成日時 : 2008/07/17 02:30  

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たとえば、登米市の片隅に眠る、誰にも見つかってはならなかった伊達政宗の弟・小次郎の墓。
登米中心部から少し離れた、静かな山間地帯で知った物語をメモ

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物語<1>
登米市は、登米伊達家で栄えた街であった一方、政宗の時代には悲しい物語を抱えています。
なんと政宗の弟に政権をとらせたかった実母は政宗を毒殺しようと策略。
間一髪でそれがばれ、政宗は事なきを得ました。
しかし、その罪として実母を手に掛けられなかった政宗は、まだ14歳の弟を処することにしたのです。
ケジメをつけなければ、やはりまた自分が狙われてしまう。政宗は涙を流しながらの処刑だったといわれています。

政宗の実母の領地であったこの地に小次郎が葬られたのは、母の密名とも言われています。
この事実を、この地域の人々は口堅く守っていったのです。

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物語<2>
登米市の旧東和町から岩手県藤沢町にかけては、中世、製鉄技術と共にキリスト教が広まり、江戸時代には隠れキリシタンの里となりました。
伊達家はキリスト教に対しては寛大だったのですが(むしろ建築物にこっそりクロスが入っていたり・・・)、政府による禁教令と弾圧が始まった後は状況が激変。
最後には政府の激しい弾圧に会い、東和町と藤沢町合わせて450名近くの殉教者を出します。
その後、その事実は歴史に埋もれることになります。
この事実が紐解かれたのは戦後になってから。古文書が発見されたのです。
今、東和町と藤沢町には、いくつかの当時の史跡や遺物、後世に事実を残すための施設などが残されています。

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華やかなりし城下町、その裏には口数は少なくも意志の強い人々の思いの深さを感じることができます。


伊達小次郎の墓


米川カトリック教会



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